ベトナム・ホーチミン生活/会社のボランティア活動(202007‐②)

こんにちはー。今日は会社のボランティア活動について書いてみまーす。書いているうちに、いつもの面倒くさい性格の文面になってきましたが、アップしまーす(^-^;...。

<今月の出来事 ②>

土曜休みに工場のチャリティー有志が集まって、地方の小学校に行って来ました。従業員からの寄付金と会社からの補助金でプレゼント(≒60万円)と移動の車の費用を出し、朝の6時に工場発で行ってきました。少し不思議に思ったのは、ポマードでガッチリ髪形を決めたカメラマンも一緒に行ったことです。ベトナム工場のホームページがあるわけでもなくなぜ何だろう?と不思議に思っていましたが、従業員のダンナだと後で聞いて、なんか少し笑ってしまいました。

出発前に3台のトラックに子供たちへのプレゼントと一般家庭へのプレゼント(なんと、米俵20㎏×200袋)を積み込み、横断幕(社会貢献)も貼りつけて、いざ出陣。途中、道に迷ったりしながらも、何とか昼前に着きました。かなり貧しく辺鄙な村を予想していましたが、道路も整備されており、ゴミも少なく良い感じでした。子供達の身なりもちゃんとしており、大人たちも普通でした。訪問先は工場からは車で4~5時間、約180km離れた山の中腹ですが、ここにも経済化の波が押し寄せている感じがします。ベトナム経済は人口ボーナスもあり、今後10年・20年は引き続き伸びて行くのでしょう。

日本も高度成長期に地方から都会へ多くの人達が移りました。私の親もその一員です。ベトナムはその波の真っただ中にいるような気がします。まだまだ貧しい家庭はたくさんあるみたいですが、工業団地に通うバイク軍団や今回の訪問先に停めてある沢山のバイクを見ていると、工業化の混沌とした時期は一段落し、次のステージに移行しているように感じました。集まった方々には貧しさは感じませんでしたし、サポートをしてくれた市役所?の人達にも悲壮感は感じませんでした。しかしながら若い人たちはそう多くはなく、地方から都会や工業団地に多くの人が移り住んだ、50年・60年前の日本と似た状況なのでしょう。

毎年2回、工場有志がこのような活動をしていて次回は12月にあるそうです。次の会にも参加し、もっとベトナムの色んな現状を垣間見たいと思う一日でした(^-^;...

※それはそうと、ホーチミンも今回の訪問先の地方もアオザイを着ている人は居ませんでした。その事を同僚に訊くと、今では結婚式等にしか着ないらいしです。日本の着物と同じかぁ~と思いつつ、アオザイ制服の銀行もあるのになぁ~と少し残念に感じました。ほんとベトナム女子ってアオザイ似合うよなぁ~(^-^;

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